ウメです。
高齢者には「きょういく」と「きょうよう」が必要なんだとか。
「きょういく」とは、「今日行くところがあること」
「きょうよう」とは、「今日用事があること」
いやー本当に、身につまされる言葉です。
死ぬ直前まで、心身共に健康でいるためには、絶対コレだと思います。
私はセミリタイアを目指していますので、
割りと葛藤する部分ではあります。
何も生み出さず、ただ社会のリソースを消費して生きながらえているだけのリタイアは嫌だなあ。
休日は引きこもり状態の私でも、これが終わりのない毎日になるとなると、
ちょっと勘弁って思います。
なので、「セミ」リタイアを目指します。
70歳になっても、80歳になっても、中には90歳を超えても仕事をしている人もいます。
理由は人それぞれでしょうけど、
そんな姿を見るだけで、勇気づけられる気がします。
たとえば、早朝の仕事は、子育て世代には難しい、
一方で、高齢者は朝早く起きることは苦にならないため、働きやすいそうです。
なるほど~~。
なにかこううまく噛み合ってる感じがしますね。
いずれにしても、「健康」の大事さをつくづく感じます。
時々、健康を失ったらいっそ死ぬとか、
長生きするつもりはないとか
太く短く生きるとか
そういう意見を目にしますが
真剣に参考にしたいので、聞きたい。
「どうやって?」
安楽死が認められていない日本で、どうやって死のうと思っているのか、
あるいは認められている国へ行って実現する気なら、その手続をどうするのか、
望み通りにいかなかった場合どうするつもりなのか、
不健康な生活で早く死ぬつもりで貯蓄していなくて、でも長生きしてしまうこともあるけど
そのときはどうするのか、
不健康な生活で望み通り長生きしそうにないけど、透析に通う日々とか寝たきり生活とか
死ぬ前のそういう時期をどう乗り切るとか、
もちろんちゃんと考えていると思うので、
心構えや準備、次善策などをぜひご教授いただきたいと思う。
私はいずれくる寿命の時まではできる限り元気でいたいと思ってるけど、
これもやはり思い通りに行かないかもしれないので、
死ぬための準備をしている人の、実用的な意見を聞いてみたい。
でもやっぱり、聞いていて楽しいのは、生きようとしている人の意見だな。
「きょういく」と「きょうよう」のある人の意見だな。